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海の旅日記23飛騨トンネルをぬけて白川郷を過ぎ、五箇山ICで高速道路とはしばしの別れ・・・ ICを出てすぐのところにある五箇山合掌の里・・・ そこの「五箇山生活館」に立ち寄って、まずは合掌造りの知識をGet! 実は白川郷も五箇山も今まで訪れたことはなく、世界遺産であることや合掌造りのことなどほとんど知識がなかったので、ここで初めて知ったことがたくさんありました。 五箇山とは、平村、上平村、利賀村の3村の地域の総称で、庄川沿いの5つの谷間、赤尾谷(あかおだに)、上梨谷(かみなしだに)、下梨谷(しもなしだに)、小谷(おたん)、利賀谷(とがだに)に集落があり、「五ヶ谷間」を音読して「ごかやま」と呼ぶようになったと言われています。 伝承では平家の落人がこの地に安住の地を求め、集落をなしていったとされていますが、この付近からは縄文時代の遺物も発掘されており、それ以前からすでに先住していた村人たちが落人を受け入れたのではないかとのことでした。 そもそも一言で五箇山合掌造り集落と言っていますが、現在は大きく菅沼(すがぬま)・相倉(あいのくら)の両集落に分けられます。 菅沼集落は、国道156号線沿い、庄川右岸のわずかな台地にひっそりと佇む9棟の合掌造り集落で、その内の2棟は、江戸時代に建てられたものです。 相倉集落は、五箇山を代表する合掌集落で、国道304号線から少し入った段丘に、まるで時が止まったかのように24棟の100年以上前に建てられた合掌造り家屋が建ち並び、そのうちの11棟には、今も生活の場として村人が暮らしています。 一番古い図書(ずしょ)家は、築400年の歴史を誇り、皇室も度々宿泊され、その思い出を短歌に残されています。 どうです? 少しは参考になりましたか? ということで、今夜の宿泊地=五箇山相倉集落に到着したのは、16:00過ぎでした。 ここがお世話になった民宿・・・2枚目の写真のカーテンが見えている部屋が泊まった部屋です。 1階は囲炉裏のある居間と襖で隔てられただけの和室が3室… ちょうどカナダ人の家族連れ5人が2室使い僕たちは残った4畳半を使うことになりました。 かつての日本の家屋はみんなこんな感じで狭い家に大家族がお互い遠慮し合い気を使い合いしながら生活していたんだろうなあと思うと、現代の住空間は本当に贅沢になったものだと、改めて感じました。 夕食までまだ間があったので、村内を散策・・・ 見る物すべてに郷愁を誘われ、こんな素晴らしい場所が現代にそのまま残されていて、本当によかったなあと思いました。 去年の今日 コメントの投稿
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